
本記事はこどもの栄養2026年6月号へ寄稿しております。
こどもの栄養発行元:公益財団法人児童育成協会
食中毒が心配なこの季節、衛生面の対策だけでなく職員の体調管理も大切です。検便検査の重要性と陽性が出た場合の対処方法を確認し、日ごろの備えについて考えてみましょう。
1.食中毒を予防する3つの原則
温かい春も終わり、これから気温と湿度が高まる梅雨の季節が始まります。5~7月の梅雨時期は高温多湿となり、細菌が急速に増殖しやすい環境が整います。それゆえ、いつも以上に気を引き締めた衛生管理が求められます。
保育園の給食室は、抵抗力の弱い乳幼児の食事を調理する場所です。子どもたちは、成人と比べて免疫機能が未発達で、少量の菌でも重篤な症状を引き起こすことがあります。そのため、食中毒を引き起こさないための予防が何より大切となってきます。
食中毒を予防するためには、以下の3つの原則を守ることが重要です(図表1)。
図表1 食中毒を予防する3つの原則
| 細菌を食べ物に つけない |
食べ物に付着した細菌を 増やさない |
食べ物や調理器具に付着した細菌を やっつける |
| ●調理前、生肉・魚・卵を触った後や配膳前などに、こまめな手洗いを習慣化しましょう。 ●生肉や魚を扱う器具と他の食材を扱う器具を分ける、生肉や魚を扱った後に器具を洗うなど、交差汚染を防ぐ工夫をしましょう。 |
●食材は適切な温度で保存し、冷蔵庫は10℃以下、冷凍庫は-15℃以下に保ちましょう。 ●調理後の食品はできるだけ早く冷蔵庫に入れるなど、室温で長時間放置しないようにしましょう。 |
●食材は中心部まで十分に加熱しましょう。目安は75℃、1分間以上※1です。 ●使用後の調理器具は、定期的に塩素系漂白剤や熱湯で殺菌し、菌をやっつけましょう。 ●生食する野菜や果物は、次亜塩素酸ナトリウム溶液等で殺菌し、菌をやっつけましょう。 |
※1 二枚貝等ノロウイルス汚染のおそれのある食品の場合は、85~90℃で90秒間以上。
食中毒の予防は、「つけない」「増やさない」「やっつける」という3つの原則が基本です。一つひとつは当たり前のことかもしれません。この当たり前を毎日確実に実行し続けることこそが、子どもたちの命と健康を守ることにつながります。
しかし、調理中の衛生管理に気を付けることだけでは不十分です。調理従事者の日ごろの体調もしっかりと管理しなければなりません。
体調管理の目的は、食中毒菌やウイルス等を厨房内に「持ち込まない」ことです。出勤前に嘔吐や下痢、発熱等の症状がないことを、自身と同居する家族について日々確認することが、食中毒を予防するうえでは重要です。加えて、定期的な検便検査で管理することが有効です。
2.なぜ検便が必要なのか
みなさんの園でも定期的に検便検査を実施していると思いますが、なぜ必要なのかご存知ですか。検便検査の意味を理解せずに実施している方もいらっしゃるのではないでしょうか。検便検査が必要な理由は、おもに2つあります。1つ目は「健康保菌者の確認」、2つ目は「食中毒事故などが発生した際の追跡」です。
まず、1つ目の「健康保菌者の確認」について解説します。健康保菌者とは病原体を体内に保有していても、自身の症状には現れない方のことをいいますが、イメージがつかみにくい方もいらっしゃると思います。そこで、100年以上前の話である、健康保菌者が一般的に認知されたある事件をご紹介します。
腸チフスのメアリー
メアリー・マローン(1869~1938年)は、ニューヨークで家事使用人として調理の腕をふるっており、その高い調理技術に加えて人柄もよく、周囲から大変信頼されていました。しかし、悲しい出来事が起こってしまったのです。当時のニューヨーク周辺では、腸チフスの小規模な流行が散発的に発生していました。彼女が雇われていた家の住人もこの疫病に見舞われ、彼女の手厚い看護にもかかわらず病状は重くなる一方でした。その後メアリーは、1900年から1907年の間に勤め先を変えていましたが、不思議なことに、彼女の身近で22人の患者が発生し、死亡者も出ていました。ここでわかったことは、メアリーが雇われた家庭のほとんどで、彼女がやってきた直後に腸チフスが発生しており、彼女は元気であったということでした。
これで彼女に嫌疑がかけられ検便検査を行った結果、便からチフス菌が検出され、感染しても症状が現れない「健康保菌者」であるということが判明しました。そして隔離の人生が始まったのです。
しかし、当時「健康保菌者」という考えは浸透しておらず、彼女はこの事実を受け入れられず、むしろ「いわれのない不当な扱いを受けている」と日々思っていました。そして、隔離から3年が経ち、「食品を扱う職業には就かない」「居住地を明らかにする」という2つの条件を飲むことで釈放されました。当初は、提示された条件を守って暮らしていましたが、やがて連絡が途絶え、消息がつかめなくなりました。次に彼女の居場所が明らかになったのは、再び腸チフス流行の感染源として特定された時でした。彼女は偽名を使い、調理人として働き、多くの感染者を出してしまったのです。この事件をきっかけに彼女は再び隔離生活となり、そのまま生涯を終え、いつしか彼女は「腸チフスのメアリー」と呼ばれるようになったのです。
メアリー・マローンの事例は、食品を扱う者に重要な教訓を残しています。健康保菌者の場合は、体調が良好で元気に働いていても、病原体を保有して他者に感染させる可能性があるということです。食中毒事故が起こってしまってから原因調査を行い、その結果、従業員に原因があると特定された場合、従業員は自分自身を責めてしまうことがあるかもしれません。メアリーの時代では理解されなかった「健康保菌者」という概念は、今では私たちの常識となっています。抵抗力の弱い乳幼児の食事を扱う栄養士にとって、定期的な検便検査は、子どもたちの命を守るための大切な業務の一つであると同時に、その場で働く従業員を守るためにも必要なことなのです。
2つ目の「食中毒事故などが発生した際の追跡」では、万が一食中毒事故が発生した際に、原因を調査する必要があります。原材料由来、調理・製造工程の不備、厨房の調理環境等、さまざまな原因が考えられます。もちろん従業員の中に保菌者がいたのではないかということも原因の一つとして考えられます。一方、従業員の中で感染していた人がいなかったことを客観的に示す根拠にもなりえます。

3.検便検査に関連する法律・対象菌
ここまで、検便検査がいかに必要であるのかを解説してきました。ところで、検便検査は法律で義務付けられていると思われている方も多いのではないでしょうか。そこで、検便検査に関する法律上の位置づけについて、確認していきましょう。
まず、検便検査は明確に実施が義務付けられているわけではありません。しかし、学校給食における衛生管理の徹底のために施行されている学校給食衛生管理基準(平成21年文部科学省告示第64号)においては、「学校給食従事者については、日常的な健康状態の点検を行うとともに、年1回健康診断を行うこと」とあり、「検便は、赤痢菌、サルモネラ属菌、腸管出血性大腸菌血清型O157その他必要な細菌等について、毎月2回以上実施すること」とされています。そのほか、食品衛生法や大量調理施設衛生管理マニュアル等にも、具体的な検査項目や頻度が定められており、定期的な検便検査が推奨されています。
では、具体的に検便検査が対象となる菌にはどのようなものがあるか、また、それらの菌はどのような症状を引き起こすのでしょうか。一般的な検便検査で実施されるおもな対象菌とその症状について、以下にまとめました(図表2)。これらの病原菌は、いずれも食中毒の原因となります。
図表2 検便検査の検査項目とおもな症状
| 検査項目 | 潜伏期間 | おもな症状 | 特徴 |
| 腸管出血性大腸菌 (O157等) |
3~8日 | 激しい腹痛、下痢、血便 乳幼児や高齢者が感染し た場合は重症化しやすい |
菌に汚染された食物等を摂取により感染。少量の菌で感染し、加熱不十分な食肉が原因で感染することが多い。 |
| チフス菌、 パラチフスA菌 |
7~14日 | 発熱、下痢、バラ疹※2 | 患者や保菌者の排泄物により汚染された食品や水の摂取により感染。国内で発生するほとんどは海外での感染によるもの。 |
| 赤痢菌 | 1~5日 | 発熱、下痢、腹痛 | 赤痢菌に汚染された食物・水の摂取により感染。人から人へ感染し、少量の菌でも感染。 |
| チフス菌、 パラチフスA菌以外 のサルモネラ属菌 |
6~72時間 | 発熱、腹痛、下痢(水様 便や粘血便)、嘔吐 |
鶏・豚・牛等の家畜や河川等自然界に広く生息する細菌。鶏卵や食肉が原因で感染することが多い。 |
4.陽性時の対応と職場の意識改革
検便検査で陽性の連絡を受けた時、どう対応すべきか一瞬戸惑うことはありませんか。そもそも、検便検査で「陽性」となる確率はどのくらいなのでしょうか。
検便検査での陽性率は、平均0.03%~0.08%(1万人に3~8人程度)と1%未満です。菌種別で見ると、サルモネラ0.043%、腸管出血性大腸菌(O157等)0.0055%となっています。この数字をご覧になって、それほど多くないと感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、たった1人の保菌者から、あっという間に集団感染につながる可能性があります。子どもたちの命にかかわるだけでなく、保育園の信頼にもかかわるのではないでしょうか。だからこそ、小さな確率を見逃さない検便検査が重要なのです。
実際に、検便検査で陽性が出る頻度は多くないかもしれませんが、万が一に備えて、皆さんの園でも対応体制を整えておくことが重要です。そこで、検便検査陽性時の適切な対応と、急な欠員に備えた人員確保の考え方について解説していきます。
■検便検査陽性時の基本的な対応
検便検査で陽性が出た場合、陽性となった項目が3類感染症※3なのか、それ以外かによって分かれます。3類感染症とは腸管出血性大腸菌感染症、腸チフス・パラチフス、細菌性赤痢などを示し、それ以外はサルモネラ属菌(チフス菌・パラチフスA菌除く)を示します。それぞれの対応の参考になる情報を以下に示します。
また、陽性時にどのような対応したかは記録に残し、有事の際に適切に対応できるようにしておいてください。
3類感染症(腸管出血性大腸菌感染症、腸チフス、パラチフス、細菌性赤痢など)の陽性時

① 陽性者への通知と作業停止
担当者は陽性結果を本人に伝え(速報等の報告書のコピーを本人に渡すことが望ましい)、直ちに調理や食材にふれる作業から外します。
陽性者の出勤状況や作業エリアを確認し、消毒を行います。
陽性者、家族、他の作業者に自覚症状がないかを聞き取ります。

② 医療機関の受診
陽性者には医療機関を受診してもらい、医師の指示に従います。

③ 保健所への報告・就業制限
3類感染症の場合は、医師から保健所に報告が義務付けられていますが、本人からも保健所に連絡し、指示を仰ぐことが望ましいです。

④ 再検査・職場復帰
治療終了後に再検査を行い、陰性判定が出たら職場復帰が可能となります。
1回の陰性判定だけでは復帰とせず、2回連続で陰性となった後に復帰すると決められている職場もあります。
※3 3類感染症は、感染力やかかった場合の重症度から見ると危険性が非常に高いとはいえないが、感染者が食品を取り扱う業務等に従事することによって、他者への感染を起こす可能性があるとされる。そのため、3類感染症と診断された患者および健康保菌者は、感染症法により菌の陰性が確認されるまでの間は、食品に直接ふれる業務に従事することが制限される。
サルモネラ属菌の陽性時(チフス菌、パラチフスA菌除く)

① 陽性者への通知と作業停止
担当者は陽性結果を本人に伝え(速報等の報告書のコピーを本人に渡す
ことが望ましい)、直ちに調理や食材にふれる作業から外します。

② 医療機関の受診
陽性者には医療機関を受診してもらい、医師の指示に従います。

③ 再検査・職場復帰
治療終了後に再検査を行い、陰性判定が出たら職場復帰が可能となります。
1回の陰性判定だけでは復帰とせず、2回連続で陰性となった後に復帰すると決められている職場もあります。
■急な欠員への対応と人員確保の考え方
保育園の調理室は一般的に少人数体制が多いため、検便検査陽性による急な欠員に備えた体制づくりが不可欠です。まず重要なのは「起こる前提」で体制を整えておくことです。
代替職員リストの作成
近隣の系列園との応援体制、調理経験のある保育スタッフによる対応など、複数の選択肢を用意しておく。
業務マニュアルの整備
急な代替職員にも対応できるよう、調理手順、衛生管理ルール、アレルギー対応などをわかりやすくまとめておく。
献立の柔軟性
万が一、人員が確保できない場合に備え、緊急時用の献立を複数パターン用意しておく。誰でも簡単に作れる献立を用意することが望ましい。

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5.終わりに
検便検査での陽性は、どんなに衛生管理を徹底していても起こり得ることです。重要なのは、陽性が出た際に慌てず適切に対応できる体制を、平常時から構築しておくことです。毎朝の健康チェックを形式的なものにせず、少しでも体調不良があれば、正直に報告できる職場の雰囲気づくりが大切です。「休むと迷惑がかかる」という意識ではなく、「体調不良での出勤こそリスク」という認識を共有しましょう。そのような意識改革こそが、これからの保育園給食に求められる姿なのではないでしょうか。
詳しくは、「コンサルティングサービス」のページをご覧ください。
こちらのコラムは コンサルティング本部 東京Eグループ 今鉾 南美 が担当いたしました。
コンサルティング本部では飲食サービス、給食、ホテル、冠婚葬祭などの事業を営むお客さまに対し厨房の衛生点検や、品質管理システムの構築支援、従業員教育などのサービスをご提供しています。年間40,000店舗以上の点検実績をもとにした衛生コンサルティングサービスにより、お客さまと共に消費者の安心と安全に貢献しています。

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