
近年、台風や線状降水帯による大雨の激甚化に伴い、店舗が浸水被害を受けるケースが全国で相次いでいます。浸水した水は一見きれいに見えても、土砂や下水、排水などが混ざった「汚水」であり、食中毒や感染症の原因となる細菌・ウイルス・寄生虫に加え、油や薬品などの化学物質が含まれていることもあります。水が引いたからといって、そのまま営業を再開すると、食中毒事故や設備トラブルを引き起こすおそれがあります。
本記事では、飲食店が水害からの復旧に向けて押さえるべき衛生管理のポイントのうち、①浸水の種類とリスク、②復旧作業前の安全確認、③食品・衛生用品の廃棄基準、④施設の清掃消毒、⑤調理器具・食器・設備の洗浄消毒を解説します。ライフラインの復旧や営業再開の判断については、後編で解説します。
後編を読む
1.浸水の種類とリスクを正しく理解する
(1)床下浸水
床下浸水とは、床下(基礎の内側)まで水が入った状態をいいます。床下は目視しづらく、汚泥を残したままにすると、湿気や悪臭、カビの発生源となり、衛生害虫のすみかにもなります。床下にたまった汚泥を除去し、しっかりと乾燥させることが最優先です。一般の住宅では「床下浸水の消毒は原則不要、清掃と乾燥が重要」とされていますが、食品を扱う飲食店では、厨房の床・壁・設備に汚水が触れた可能性が少しでもあれば、後述の手順で清掃・消毒を行いましょう。
(2)床上浸水
床上浸水は、調理場や客席など、作業・営業スペースまで水が入った状態です。調理台、シンク、冷蔵庫、食器棚、壁、床など、食品や器具に触れるあらゆる場所が汚水にさらされます。浸水した食品・食材はもちろん、一見無事に見える容器入りの食品も、キャップの隙間などから汚水が入り込んでいる可能性があります。「見た目で判断せず、疑わしいものはすべて廃棄する」ことが基本です。
(3)下水からの逆流
大雨で道路が冠水すると、下水道が逆流し、マンホールやトイレ・排水口から汚水があふれ出ることがあります。熊本市でもこうした事例が確認されています。下水にはし尿などが含まれるため、浸水の中でも特に汚染レベルが高く、ノロウイルスなどのウイルス、病原大腸菌、サルモネラなどの食中毒菌に汚染されている可能性が非常に高いといえます。下水が逆流した場合は、通常の浸水よりも厳重な清掃・消毒と設備の点検が必要です。
どの浸水でも共通するのは、汚染の広がりは「見た目では判断できない」ということです。水が引いた後も、汚れや水分が残っていれば細菌は繁殖し続けます。まずは「すべてが汚染された可能性がある」という前提で対応を進めてください。
2.復旧作業を始める前に~安全確認と準備~
(1)ライフラインと建物の安全を確認
復旧作業を始める前に、建物の安全(建物の傾き・ひび割れ、天井の落下物など)と、電気・ガス・水道の状況を確認します。停電中や配線が濡れている状態で電気製品に触れると感電のおそれがあります。浸水した電気設備・配線には触れず、ブレーカーは切ったままにし、電気工事店による点検を依頼しましょう。ガスの臭いがする場合は、火をつけたり換気扇や電気のスイッチに触れたりせず、窓を開けて換気し、ガス会社に連絡します。
(2)まず保健所に相談
食品衛生法に基づく営業許可を受けている飲食店は、営業再開にあたり、まず最寄りの保健所に相談しましょう。被害の状況によっては、再開前に施設の確認や立ち入り検査が必要になる場合があります。「自己判断で再開してから、あとで問題が発覚する」ことがないよう、早い段階で相談しておくことが大切です。
(3)作業用の保護具を準備
清掃・消毒作業では、汚水や消毒薬から身体を守るため、次のものを準備します。
- ゴム手袋、長靴(底の厚い靴)
- マスク(防じんマスク)、ゴーグル
- 長袖・長ズボンの作業着
- 使い捨てのふきん、ペーパータオル
- バケツ、デッキブラシ、スポンジ、ワイパー
- 洗浄剤、次亜塩素酸ナトリウム(市販の塩素系漂白剤)、消毒用アルコール、塩化ベンザルコニウム(逆性石けん)
3.食品・衛生用品を確認し、迷わず廃棄する
(1)浸水した食品は「すべて廃棄」が原則
農林水産省は、浸水した、または浸水した可能性のある以下の食品は、食べずに処分するよう呼びかけています。
- 冷蔵・冷凍保存が必要な食品
- 生で食べる野菜・果物(洗っても内部まで汚染されている場合がある)
- 調理済み食品(保存容器の隙間や袋の口から水が入っている場合がある)
- ねじ蓋・プルトップ・瓶・紙容器の食品(未開封でも隙間まで完全に洗浄できない)
- 缶詰・レトルト食品のうち、容器が変形・膨張・破損しているもの
一見無事に見えても、キャップやシールの隙間から汚水が入り込んでいることがあります。「少しでも疑わしければ廃棄する」ことが、お客様とお店を守る鉄則です。廃棄した食品は、動物や害虫を引き寄せないよう、密封できる袋に入れて速やかに処分しましょう。
なお、米国FDAの指針では、変形・破損・膨張のない金属缶やレトルトパウチについては、ラベルを剥がし、洗浄・消毒してから使用することが認められています。ただし、これは海外の基準であり、日本の飲食店では保健所の指示に従うのが確実です。判断に迷う食品はすべて廃棄することをおすすめします。
(2)停電で温度管理ができなかった食品
停電により冷蔵庫・冷凍庫の温度が上がった場合、消費期限・賞味期限内でも安全性は保証できません。扉を開けずにいた場合の目安は、冷蔵庫で約4時間、冷凍庫で約1〜2日間ですが、あくまで目安です。
- 肉・魚・惣菜など傷みやすい食品は、目安時間を超えたら廃棄する
- 要冷蔵・要冷凍食品で、適切な保存温度が保てなかったものは食べずに処分する
- 「においや味で判断する」は絶対にしない(見た目・においに異常がなくても、腐敗菌や食中毒菌が増殖していることがある)
(3)衛生用品・器具類も廃棄
浸水したマスク、ふきん、ペーパータオル、衛生手袋などの衛生備品は、すべて廃棄します。また、木製のまな板や木ベラなど、洗浄・乾燥・消毒が難しい器具や、汚染が著しい器具・食器(ひび割れ・欠けがあるもの)も廃棄しましょう。「洗えば使える」と判断せず、洗浄・消毒できる材質のものだけを残すのがポイントです。
4. 施設内の清掃・消毒~「清掃→乾燥→消毒」の順序を守る
浸水した施設の衛生対策の基本は、①清掃 ②乾燥 ③消毒の順序を守ることです。泥や汚れが残ったまま消毒しても、消毒効果は十分に発揮されません。
【施設の清掃・消毒手順】
①ドアと窓を開け、換気する
②たまった水・汚泥をバケツなどでくみ出し、汚泥を除去する
③洗浄剤を使い、高い位置から床・壁を洗浄し、水道水で十分に洗い流す
④十分に乾燥させる(扇風機・除湿機の活用も有効)
⑤次亜塩素酸ナトリウム0.1%溶液を散布するか、薬液を含ませた布でよく拭く
⑥風通しをよくし、そのまま乾燥させる
消毒液の希釈は、使用直前に調製します(作り置き禁止)。市販の塩素系漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム約6%)の場合、0.1%溶液は「水1Lに対して約20mL」が目安です。金属やゴムを腐食させるため、対象物に応じて使い分けてください。
【主な消毒薬と濃度の目安】

※濃度・希釈倍率は製品により異なるため、必ず製品表示を確認してください。塩素系消毒薬と酸性の洗剤・薬剤を混ぜると有毒な塩素ガスが発生するため、絶対に混ぜないでください。
5.調理器具・食器・厨房機器の洗浄消毒
(1)調理器具・食器
まな板、包丁、食器、鍋類は、食器用洗剤でよく洗って汚れを落とした後、次亜塩素酸ナトリウム0.02%(200ppm)溶液に5分以上浸すか、80℃以上の熱水に10分間浸して消毒します(農林水産省)。消毒後は清潔な水ですすぎ、自然乾燥させます。塩素系消毒薬が使えない材質(アルミ製品など)は、消毒用アルコールや塩化ベンザルコニウムを使用しましょう。
(2)冷蔵庫・冷凍庫
浸水した冷蔵庫・冷凍庫は、庫内の食品をすべて廃棄した後、庫内を洗浄し、消毒用アルコールを噴霧・拭き取りします。ドアパッキンや隅々まで丁寧に清掃し、温度計で庫内温度が適正範囲(冷蔵庫は5℃以下を目安に)に保たれることを確認してから食品を戻しましょう。
(3)食器洗浄機・製氷機・給湯設備
食器洗浄機は、器具を入れる前に洗浄・すすぎ・消毒のサイクルを3回空運転し、内部と給水ラインを洗い流します。製氷機は庫内の氷をすべて廃棄し、内部を洗浄・消毒したうえで、製氷サイクルを3回運転して各回の氷を廃棄します。製氷機・飲料ディスペンサー・給湯器などの給水ラインは、10〜15分流してから使用しましょう。換気扇・フードのフィルター等の洗浄できないものは交換します。
前編では浸水の種類とリスク、復旧前の安全確認と準備、施設や調理器具、食器や厨房機器の清掃、洗浄、消毒の方法を確認しました。
後編ではいよいよ復旧に向けて、水道・電気・ガスの復旧方法や従業員の衛生管理、営業再開の判断基準と再発防止策(BCP)について解説します。
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BMLフード・サイエンスでは、飲食店・食品事業者の皆さまに向けて、衛生管理の仕組みづくりを支援するコンサルティング、環境検査(拭き取り検査・落下菌検査)、水質検査、従業員の検便検査などのサービスを提供しています。水害からの復旧・再開に関するご相談や、再開後の衛生状態の確認(環境検査)も承っております。お気軽にお問い合わせください。
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参考コラム・文献
- 厚生労働省「一般家屋や食品営業施設における浸水後の消毒の相談について」
- 農林水産省「停電や断水、大雨による浸水に遭われた地域の皆様へ~食中毒に注意しましょう~」
- 千葉県「水害時の食品営業施設再開に向けた準備について~食中毒の予防~」
- 栃木県「浸水した食品営業施設の営業再開に向けた衛生管理について」
- 石川県「水害時の営業再開に向けた準備と注意事項について」
- 熊本県「食品営業施設における被災後の衛生対策について」
- 米国FDA "Restaurants and Grocers Reopening After Hurricanes and Flooding"
こちらのコラムは コンサルティング本部 東京Bグループ 平田 朋徳が担当いたしました。
コンサルティング本部では飲食サービス、給食、ホテル、冠婚葬祭などの事業を営むお客さまに対し厨房の衛生点検や、品質管理システムの構築支援、従業員教育などのサービスをご提供しています。 年間40,000店舗以上の点検実績をもとにした衛生コンサルティングサービスにより、お客さまと共に消費者の安心と安全に貢献しています。









